FX@外為ランキング

ブログ

2017年10月12日 17時39分46秒 (Thu)

身体が心に与える影響、心が身体に与える影響

身体と心は密接に関係していることは、
感覚的に誰もが理解していること。

心の状態によって身体が変化して、
身体の状態によって心も変化します。


たとえば、
ストレスがいっぱいで、
仕事に行こうとするとお腹が痛くなるとか、

身体が病気になって、
心が不安になってどんどん元気がなくなる、など、

誰もが経験していることです。


身体が弱ると、
心から気力がなくなって、
心は心配や疑いでいっぱいになっていきます。

そこから不安が強くなり、
怖れを抱き、そこから逃げるために
快楽に走り、
それがもとで罪悪感でいっぱいになります。

こうして、
身体が弱ることで、
心がどんどん不安定になっていきます。


当然、その逆もあります。

心が弱ることで、
身体に影響を与えていきます。

アーユルヴェーダや中医学では、
心が持つ、
不安や怒り、悲しみなどの否定的な感情は
身体の特定の部位に負担をかけると
しています。


不安や常に何かにおびえていると
・・・膀胱が弱る

絶えず恐怖にさらされていると
・・・腎臓が弱る

いつもイライラ、怒りを我慢していると
・・・肝臓が弱る

悲しみが長く続いていると
・・・肺が弱る

深い憎しみを感じ続けていると
・・・胆のうが弱る

神経質に細かいことを気にしていると
・・・大腸が弱る

心配事や不安があると
・・・副腎が弱る

長期に渡って思い通りにならないことがあって
不満を抱えていると
・・・心臓が弱る

など、
このように身体と心は影響しあっています。


身体が病気になれば、
心のバランスも崩しやすくなりますし、

心が否定的な思いでいっぱいになれば、
身体も病気になりやすくなります。

 

2017年10月11日 19時59分15秒 (Wed)

「自由」と「自分勝手」は別もの

私たちが目指す最終地は、
「モークシャ(自由)」。

この「自由」という言葉、
最近では、いろいろなところで
よく言われるようになっていて、

「自由」と「自分勝手」が
なんだか混同しているようにも感じますし、

同時に、
「自由」と「自分勝手」の定義の違いは
人それぞれのような気もしています。


アーユルヴェーダやヨガ、瞑想でいう
最終目的である「モークシャ(自由)」は、

自分勝手に
好きなことを許可することを指すのではなく、

自分自身は
単なる「思い込みの集合体」であって、

「思考」が作りだしたものである、
ということを

見抜いている状態
客観的に見ている状態

を「自由」と言っているのだと思います。

 
だから、モークシャ(自由)とは
最終的には
「自分自身の思い込みからの自由」。


自分に起きるすべてのことや人間関係は、
自分で作りだしたもの
であることに気づいて、

そこに縛られたり、
引っ張られることなく、
「自由」でいること。

これが最終目的地である
「モークシャ(自由)」
なんだと私は思います。


その視点で見ると、
自由と、自分勝手は、
まったく別ものであることがわかりますね。
 

2017年10月10日 16時52分27秒 (Tue)

プラーナ(呼吸)の無駄遣いをしない

私たちは
どの命にも「寿命」があって、
それは生まれた瞬間から決まっています。

生まれたその瞬間に
プラーナ( サンスクリットで「呼吸、息吹」を意味する)
の一生分の総量も決定されていて、

人はその自分の決められたプラーナが
なくなるまで生きることができると
教えています。


プラーナがたくさんあるときには、
私たちは生き生きとしていますが、

量が少なくなってくると、
機能は低下し始めて、

最終的に呼吸が止まって、寿命が終わります。


ですから、プラーナを無駄に消耗することは
寿命を縮めることにつながります。

プラーナは、

1、過度の怒り、不安、イライラ
2、神経の使いすぎ、
3、過度の運動

などで、どんどん消耗していきます。

過度の怒りや不安やイライラは呼吸を乱して、
プラーナを消耗しますし、

神経の使いすぎも
プラーナを大量に消費します。

つまりは、
上司や部下、家族や友達などに
周りに気を使いすぎることは、

結果的に、
自分の寿命を縮めてしまうことにつながります。


過度の運動もそうですね、
息が上がることで、
プラーナを多く消費します。

スポーツ選手などが寿命が短かったり、
激しい運動を
何十年も続けていると寿命が短くなる、
といわれるのも納得です。


どこまで本当かは分かりませんが、

日本では、
一番長生きな職業は「お坊さん」だとも
聞いたことがありますが、

まさに
上記の3つ、
いずれも当てはまらない生活をしていますね。


瞑想や修行によって
過度の怒りや不安からは遠ざかっていますし、

いつも自分を見つめ、
過度に周りに神経や気を使いすぎることも
ないのかもしれません。

もちろん過度の運動はせず、
呼吸法で身体も心も鍛え整えていますから、

まさにプラーナの省エネですね、
長生きするわけです。


怒ってばかり、

気をつかってばかり、

ストレス発散とばかりに
過度な運動を続けていては、
大切なプラーナを失うばかりです。


失ったプラーナは
補うことも増やすこともできませんから、

与えられたプラーナを
大切に使っていくことが大事ですね。

 

2017年10月9日 16時03分18秒 (Mon)

10/14「自然の中で過ごすプチリトリートの時間」

今週末
10月14日(土)10時〜12時

和気の
「自然保護センター」でヨガ&瞑想を行います。

今回で4回目の開催。

参加は無料、
どなたでも参加できます。

お子さま連れの方は、
お子さまはその時間、
自然観察会に連れて行ってもらえますから、
2時間ゆっくりと
自然の中でのヨガと瞑想をお楽しみいただけます。

今回は、残席がまだあるようです、
ご都合の合う方は、お越しください。

img_20171009-160411.jpg

今日も
大好きな自然保護センターに行ってきましたが、

青空が広がっていて、
それはそれは自然が美しく、
と〜っても気持ちが良かったです。


今回は、
自然をより体感してもらうため、
ヨガ&瞑想にプラスして、

自然ガイドさんの案内で
森の中をゆっくり歩きながら、
森の自然を肌で感じてもらう
贅沢な時間を設けていますから、

まさに
「自然の中で過ごすプチリトリートの時間」。

img_20171009-160644.jpg


ヨガや瞑想によって、
身体や心を柔軟にしていくことで、

日ごろの乱れた生活習慣や
偏った考え癖で
不自然になった
身体や心の歪みを元の形に戻してくれます。


特に今回のように、
自然の中で行う
ヨガや瞑想や、森あるきは、

身体のこわばりや、ゆがみ、
心の痛みや、こだわりから、
自然と解放されて、

身体や心に与えていた
過度のストレスも緩和されていくのを
感じていただけると思います。


img_20171009-160757.jpg


ヨガも瞑想も、
何か目的達成のために行うのではなく、
「今、この瞬間に在る」ことを
目指します。

ですから、
身体が硬いことはもちろん関係ないですし、

瞑想して、
やり方がわからない、や、
何も効果がなかった、
といって残念がることもありません。


大切なことは、
森にある木や花や草と同じように、

「ただ、そこに在る」こと。

良い悪い、出来る出来ない、の判断を止めて、
「ただ、今、ここに在る」こと。


そのためには、
「なにもしない」
「ないも生産していない」という
「無益」である自分を認める勇気が必要になります。


それを認めた時、
私たちは具体的に何か「実益」を
生産する機械ではなく、

それ以上の
「何か」であることに気づくことができて、

どんな状況の中でも
安心とくつろぎの中にいることができるように
なるのだと思います。

img_20171009-160915.jpg
 


2017年10月7日 21時08分51秒 (Sat)

「無」になろうとしなくても良いと思います


瞑想は難しいものと
思ってしまいがちです。

また繰り返ししていても、
自分が実際にできているかどうかさえも
わからない、というのが
瞑想だと思います。


そもそも
「無」や
「無の状態」や
「思考を消そう」と
目指そうとしてしまうから、

それができないと
自分は瞑想ができてないんだ、と
思ってしまいがちですが、

私は、自分の意思で
湧き上がってくる
「思考」を消すことなどできないように思います。


「無」や「無の状態」というのは、
「思考」がない状態ではなく、

「思考」=「自分」と
してない状態なんだと、私は理解しています。


どうしても普段の生活の中では
私たちは、

頭の中で次々に沸き起こる
「思考」=「自分」と
なってしまいがちですが、

これを
「思考」=「自分」と同一視せずに、

客観的に見ることができている状態を
「無」の状態、というのでは
ないかと思うのです。


「思考」=「自分」では無いことに
気づいている状態という
感じでしょうか。


ただ「思考」が悪いわけではありません。

「思考」なければ、
物事の判断もつきませんし、

日常生活の中で、
良い悪いの区別も
つかなくなってしまいますから
「思考」は便利で、必要なものです。


ただ、
普段の私たちはどうしても
その「思考」に振り回されて、
引っ張られて、
苦しんで、悲しんで、後悔して、心配して、と
日々、苦しんで、もがいていますから(笑)

その「思考」を「自分」とは分けて、
客観的に観察して、
上手に使いこなすことができることができるよう、

私たちは、
普段から繰り返し瞑想やヨガを行うことで
目指しているわけです。

 


ブログ

1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031

アーカイブ