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ヴァガバットギータ

2017年4月17日 8時26分53秒 (Mon)

「賢い人とは?」

新年度は、なにかと忙しいのですが、
やはり自然も土から芽を出す時期、

私たち人間も、
何かをはじめたくなる時期でもありますね。

習い事や新しいことをスタートさせている方も
多いかと思います。

と同時に、
4月は季節の変わり目、
身体も心も不安定になりやすい時期です。


私もなぜかこの時期になると毎年、
インドの聖典である
「ヴァガバット・ギータ」の世界を深めたくなります。

やはり心身共に、
バランスがとりにくくなる時期なのかもしれません。

ヴァガバット・ギータを読むといつも、
真理を知り、
安心感が生まれます。

あのインド独立の父であるマハトマ・ガンジーも
常に持ち歩いて、
支えとなっていた「ヴァガバット・ギータ」。

全ての真理、生きる知恵、
哲学がたくさん詰まっています、

ただ第一章から順番に読み進めると、
やや眠くなってきたりします(私の場合ですが、笑)、

まずは気軽に興味のある章から読み進めても
全体像が見えてくるので、大丈夫です。


特に第2章は重要で、
私自身、お気に入りで何度も読んでいる章です。

第二章では
神クリシュナとアルジュナのやりとりを通して、
「自分自身を知ること」について説いていますが、
一部、ご紹介します。

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アルジェナは神クリシュナにこうたずねます。

クリシュナ神、
智慧が確立し、三昧に住する人の特徴は
いかなるものか。
叡智が確立した人はどのように語り、
どのように坐し、どのように歩むのでしょうか?」

それに対して、クリシュナ神はこたえます。

「アルジュナよ、こころにある全ての欲望を捨て、
自ら真我(アートマン)においてのみ満足するとき、
その人は智慧が確立したと言われる。

不幸において悩まず、
幸福を切望することなく、
愛執、恐怖、怒りを離れた人は、
叡智が確立した聖者といわれる」
(第二章−54、55、56節)
(バガヴァットギーター/上村勝彦著参照)


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これは、
最初にアルジュナが、

「真実の知識が確立した人とはどういう人なのでしょうか?
自分の真実、本来の自分自身に定まる賢い人とは
どのような人なのでしょうか。
賢者の心はあらゆるものに対して揺れることがないと、
言いますが、
では、いったいその人はどうやって世界と関わっているのでしょうか?
その人は、どんな風に過ごしているでしょうか?」

とたずねています。

それに対して、
クリシュナ神は答えます。

「心にあれこれと浮かんで来ては人を放さず、
いずれ執着となる欲望を
追いかけることをやめた時、
はじめて人は本来の自分、自身の本質を知ることができる。

そうした真実の知識は
人の根本にある怖れを取り除いて、
自分に対する不安を打ち壊す。

人は心から自分自身に満たすことで、
何かを得ようとする欲求に駆り立てられることから
解放される。

こうして知識を確立し、
自由で在る自分の本質に気付き喜ぶ人を賢者という。

もちろん、
賢者は不快なことや痛み、苦しみを感じはするが、
それに引きずれることがない。

喜びや心地良い快楽も感じはするが、
それを渇望することも、欲しがることもない。

むやみな
切望や拒絶、怖れ、怒りから自由であり、
ありのままである真実の自分こそが
幸せの源であることを知る、
それ故、自分以外の物事や状況に心を揺らすことがない。」

(参照:バガヴァット・ギーター/向井田みお)
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2016年2月25日 8時28分17秒 (Thu)

真理を心得ている人

インドの聖典であるヴァガバットギータの
第5章は
「行いを放棄すること」について書かれています。
 
ヴァガバットギータは
ガンジーも常に持ち歩いていた、
聖典のひとつですが、
 
開いてみるたびに
多くの学びや気づきがあります。
 
 
私たちは普段の生活の中で、
どうしても好きや嫌いの判断、
あれが欲しい、これは要らないの欲、
そして、他人の非難や批判、評価などが
出てきます。
 
でも、真理を心得ている人というのは、
心にそのような欲が沸いてきても
欲望の思うままにさせずに、
その都度、欲(行い)を手放して、
常に心を穏やかに安定した状態にしておくことができます。
 
 
また、人は、
自分の人生がうまくいくと、
まるで自分に力がついたかのように、
自分の能力が高くなったかのように有頂天になりがちで、
 
さらには、それら良い評価、良い評判が
自分から去ってしまわないように、
そこに執着し始めます。
 
でも、本来は、私たちは、
好調な環境にあっても、
有頂天になって自慢心を持たないこと(手放すこと)
 
大変で苦しい環境にあっても
心を乱されないようにすること(手放すこと)
 
それが
「行いを放棄する」ということなんだと思います。

 

2015年10月31日 6時05分48秒 (Sat)

結果にこだわらないために

つい先日も書いた
ヴァガバットギータのこと

ヴァガバットギータでいわれているのは、
「結果への執着を捨て行為せよ」という
「無私の行為」。


読むたびに、
「結果への執着を捨てるって
どういうことだろう?」
と考えます。

たとえば、
お金が欲しいから、働く
褒めて欲しいから、頑張る、
良い会社に就職するために、良い大学に入る、と
そんな感じでしょうか。

私たちは結果を目指して行動をするのが、
当たり前になっていますから、
これは当然の事のように思います。

でも、ヴァガバットギータでは
結果を行為の動機とするな、と言っています。


これは、結果には意味がないと説いていると同時に、

結果を頼りにして、ものごとを進めようとすると、
うまくいかなかったときに、
結果に引きずられてしまい、
自分のコントロールを見失う、というところにもつながります。

 

2015年10月28日 8時30分17秒 (Wed)

結果にこだわらない行い

ことあるごとに、
ちょこっと開いては読んでいる

インド(ヒンドゥー教)の聖典
「ヴァガバット・ギータ」。

「ヴァガバット・ギータ」は、
神であるクリシュナが、
勇者アルジュナを助けて、
戦いの勝利に導いていくお話。


「ヴァガバット」は
サンスクリット語で「神」という意味ですから、
クリシュナが「ヴァガバット」、

そして「ギーター」は「歌」。

つまりは
「ヴァガバット・ギータ」は「神の歌」
ということになります。

身内との戦い、争いをすることを
躊躇して、放棄しようとしているアルジュナに
神であるクリシュナが「戦え」と説いていく、
これが「ヴァガバット・ギータ」の内容です。


クリシュナは戦うことを迷うアルジュナに、
戦え、行動せよといいます。

自分の中にある迷いや欲望を捨て、
自我を捨て、
クリシュナ(神)を信頼して行為せよ、
そうすることで
自ずから正しい道に導かれると説きます。

 


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