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生き方

2017年10月17日 12時52分50秒 (Tue)

周りとの「比較」をやめる

大きな比較から、
ごくごく小さな比較まで、

私たちは日々、比較をして
生きています。

自分よりあの人のほうが優れている、
自分よりこの人のほうが人気がある、
自分よりあの人のほうがキレイ、
あの人は何をやってもうまくのに、
私は・・・

などなど

「人と比べても仕方ないのに」と
頭ではわかっているのに

優越感に浸りたくなったり、
劣等感で苦しんだり、と

ついつい比較して、
嫌な気持ちになる、

この繰り返しをしているように思います。


そして、この比較は
他人との比較にはまったく意味がないことを知るまで
続くものなんだと思います。


比較がなくなるためには、
「本来の自分」を知ること、
自分のダルマ(使命)を知ること、

そうして自分は唯一無二の存在だということが
体感で分かった時、

自分以外の他者も
唯一無二の存在だということが
自然と理解できますから、

比較をする必要がなくなりますし、
比較することに
全く意味がないことに気づくのだと思います。


そうして比較がなくなれば、

相手より優れないと、勝たないと!
という気持ちがなくなりますから、

あらゆることが気楽になって、
意見や価値観の相違も、

「ああ、そうかそうか」と
受け入れて、
流すことができますから、
生きることがとても楽になります。


逆に、
日々、いろいろなことに苦しんだり、
囚われたり、
深刻になるのは、

周りとなにかを比較してしまっている
サインかもしれません。

 

2017年10月15日 21時37分46秒 (Sun)

悩まないし、考えない

日々、
悩みは尽きないものですが、

悩まないためには
「考えない」ことなんだと思います。

考えれば、
何か良い考えが浮かぶように
思いがちですが、

ほとんどは堂々巡りで、
良い考えには行きつかず、
解決することもなく、

ただ悶々と不幸せな時間が過ぎていきます(笑)

私も気づくと、
知らないうちにそうなっています(笑)

そんな不幸な時間で
1日の大半が過ぎてしまうこともありますが、
とってももったいないことです。


悩んでいる時は
「自分」に意識が向いていますから、
その逆をしてみると良いのだと思います。


「自分」以外のものに意識を向ける、
たとえば、
呼吸やマントラ、身体の感覚など。

呼吸をカウントしてみたり、
マントラを唱えたり、
自分の身体の状態を客観的に見て、観察してみたり。


そうしているうちに
「自分」という幻想や
「悩み」という自分がつくりだした思考から
離れることができます。

そして、そこには
堂々巡りの考えがなくなりますから、
自然と悩みからも解放されています。


そうして「悩み」から離れることは、
何か起きている「問題」を
放棄することではなく、

落ち着きを取り戻して
もっと全体の視点で
その「出来事」を客観的に
見つめることができるように
なるのだと思います。
 

2017年10月13日 20時49分37秒 (Fri)

ハムスターの「回し車」から外に出る

私たちは、
常に、今以上の何かを求めて、
日々暮らしています。

今よりも良い住まい、
今よりも良い立場、
今よりも良い仕事、
今よりも良い人間関係、と

周りや自分が変われば、

今よりももっと良くなって
もっと幸せになれるはず、
もっと自由になれるはず、と
信じています。


でも、本当は私たちは、
すでに「自由」は得ていますから、

いつまでも、
幻想を追いかけることをやめて、

「そこ」に気づくことに
私たちはもっと時間をかけても良いように思います。


そのためには、
まずは、
今、自分の見ている世界、
いつも追いかけている何かは
自分の「幻想」であることに気づくこと。


そこに気づけば、

今がすでに「自由」で
今がすでに「幸せ」で
あることに気づきます。


結局は、
ず〜っと先にあると思って追いかけていた
「自由」や「幸せ」は
今、ここにあるってことですね。


そんなことは頭で分かっていながらも、
ついつい、
まだ足りない、
もっと欲しいと、
「幻想」を追いかけてしまう私は、

目の前にあるのに気づかずに
同じところを
ひたすらグルグル、グルグル回ってる、
ハムスターの回し車の中にいるようですね(笑)


「回し車」の中にいることに気づいて、
今、ここに意識を戻すための智恵が、
アーユルヴェーダの智恵であり、
ヨガや瞑想の習慣なんだと思います。

 

2017年10月11日 19時59分15秒 (Wed)

「自由」と「自分勝手」は別もの

私たちが目指す最終地は、
「モークシャ(自由)」。

この「自由」という言葉、
最近では、いろいろなところで
よく言われるようになっていて、

「自由」と「自分勝手」が
なんだか混同しているようにも感じますし、

同時に、
「自由」と「自分勝手」の定義の違いは
人それぞれのような気もしています。


アーユルヴェーダやヨガ、瞑想でいう
最終目的である「モークシャ(自由)」は、

自分勝手に
好きなことを許可することを指すのではなく、

自分自身は
単なる「思い込みの集合体」であって、

「思考」が作りだしたものである、
ということを

見抜いている状態
客観的に見ている状態

を「自由」と言っているのだと思います。

 
だから、モークシャ(自由)とは
最終的には
「自分自身の思い込みからの自由」。


自分に起きるすべてのことや人間関係は、
自分で作りだしたもの
であることに気づいて、

そこに縛られたり、
引っ張られることなく、
「自由」でいること。

これが最終目的地である
「モークシャ(自由)」
なんだと私は思います。


その視点で見ると、
自由と、自分勝手は、
まったく別ものであることがわかりますね。
 

2017年10月5日 19時11分15秒 (Thu)

目的は「自分で自分を幸せにして、 自由に生きること」

アーユルヴェーダやヨガ、
瞑想を日々行う目的は、

シンプルに言えば、
「自分を知り、自由になること」、
と私は思っています。


そして、日々、
ヨガや瞑想を真摯に繰り返し、
アーユルヴェーダの智恵に沿って日々を過ごし、
自分と向き合う丁寧な生き方によって、

それは達成できるものなんだと思います。


それには、
特別な能力は何も必要なく、
宙に浮く必要もないですし(笑)、
必ずしも身体が柔らかい必要もありません。


「モノや他人に依存したり、
執着することなく、

自分で自分を幸せにして、
自由に生きること」

そのため必要なことは、
身体や心、五感を
適正な状態に保っておくこと、

そのために
日々のアーユルヴェーダや
ヨガや瞑想の習慣があります。

 


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